マウス讃

 マウスが死ぬ。突然、なんの前触れもなく、パタッと死ぬ。死にそうなら死にそうだと云ってくれよ。マウスがなければパソコンは操作不能となり、手も足もでない。急遽、旧い有線のマウスを道具箱から引っ張り出して接続し、無線マウスの電池容量を調べると、案の定、残量ゼロ。死ぬ前に一言警告してくれよ。いや寸前にではなく、もっと早めに。自分の余命は正確に分かっているんだろうに。お前に死なれると、困るんだよ。替えはいくらでもあるけど、突然逝かれてはこちらも路頭に迷うんだよ。お前の症状を調べたり、お前の蘇生処置に慌てているうちに、何をやりたかったのか忘れてしまうんだよ。作業の流れが途切れて、元に戻れなくなるんだ。その時降り来ていたかもしれない霊感が揮発してしまうんだ。世紀の大発明だったかもしれないのに。
 初めての時なんか、何が起きたのか分からなくて、ありゃ、ウイルスにでも感染したか、とネットワークケーブルを抜き、電源を入れ直して再起動してしまった。再起動はできても、症状は変わらず、マウスは操作できない。何やかや試しているうちに、無線マウスの電池の残容量がなくなったのではないか、とようやく思い至り、無線マウスを使い始めてから用無しになっていた有線マウスを探し出して接続したら、これが素直に活躍してくれた。愛い奴、と思わず褒めてしまうが、見捨てて悪かったと謝りまではしない。本体の電源をいきなり遮断したものだから、書きかけの文書はもうどこにも痕跡すら残っていない。当たり散らすところとてなく、気を取り直して初めから書き直すしかないのに、そんな堪え性がだんだん摩滅しつつあるなあ、と嘆きつつ、とりあえず無線マススの充電に取りかかった。