満員電車

 立錐の余地もない満員電車で、吊革にも手が届かなくて、前後左右からぎゅうぎゅう圧しつけられて、足が床から離れそうなほど体が押上げられたまま、電車がカーブにさしかかる。乱雑に積み込まれて梱包もロープ掛けの固定もしていないバラ積みの荷物たる何百人かの体が、慣性でどっと一方向に片寄る。吊革にしがみついたまま脚は踏ん張れなくて下半身が流されてしまっている人、姿勢を保つ努力を放棄して雪崩かかる人、人々の圧力を受け止めて手摺の支柱に顔面を押しつぶされている人。人、人、人。私のところで人雪崩の勢いを少しでも食い止めようとか、押し流されずに踏みとどまろうとしても、この勢いには抗しようがない。多勢に無勢、衆寡敵せず。大時化しけの荒波に翻弄された貨物船の積み荷が崩れ、船体のバランスを失って転覆するという事故はままあるようだ。それに類する事故は、列車では起こらないのだろうか。強い横風で転覆してしまうほど精妙な平衡の上を走っている電車の中で巨大な荷崩れが起こるのだから、人雪崩で圧死する乗客が出たり、プレゼントに買ったケーキを箱ごと潰されてしまう女、高価な精密機械のサンプルを必死で庇おうと頑張っている男、人の塊を押し付けられて窓ガラスが割れたり、腹を押されて失禁してしまうう客、切迫流産にいたる妊婦、ありとあらゆる惨事が発生しそうなのに、カーブを曲がり切って直線に入ると、横倒しに近く傾いていた人々がまただんだんに直立にもどり、ホッとひと息つく。戦間期の谷間の束の間の平和みたいなものか、今度は急ブレーキの衝撃が来る。さっきのよりさらに大きなGが全員にのしかかる。