木犀

 芳香に誘われて見廻すと、やや遠くに金木犀があり、風上ではないので意表を突かれた。あるいは、夜更け、闇を満たしている匂いに包まれ、このまましばらく浸っていたいと、帰宅の足が緩んだことがあった。木犀はまず匂いの花だ。はじめは葉の陰に隠れるように一粒二粒咲いて、探して下さい、といわんばかりの甘い香りを細く流し、見つけると引き寄せられ、花に顔を寄せて深呼吸した。やがて遠目からも目立つようになる頃には芳香があたりの空間を占拠して、塵を鎮める小雨の中でも消されずに匂う。ただ、激しい雨には弱いようで、雨上がりには地面に小さな花々が鮮やかなまま散らばっている。

 ググって驚いたのは、原産地の中国では、桂の字が木犀を指すらしいこと。桂のように原義と異なる意味と訓みを与えられた字は国訓といわれ、植物では「椿」(原義はセンダン科の落葉樹)とか「萩」(同:キク科のヤマハハコ属植物)、魚でも「鮎」(同:ナマズ)とか「鰹」(同:ウナギ)、など、いろいろあるようだ。文字を意味ごと輸入することの困難が垣間見える。