鏡 -台詞のある黙劇-

  1

顔 − あなたは
  何にも否定できない。
  どのような形態も
  あなたにのめり込む。

鏡 − 私は拒絶する。
  私の内部の漆黒は
  誰にものぞけない。
  どのような光も私を貫かない。

( 光 − 放たれて 私は
    あなたに突き刺さり
    あなたの冷たい透明の中で
    あなたの闇に叩かれる。)

顔 − あなたには内部がない
  あなたは表面だけの存在だ。

鏡 − 私には表面がない。
  外部の形象が
  私の周囲に茂るのだ。

  2

( 光 − 腐敗の終焉した
    透明な空間が
    あなたの背後に ぽっかりと
    口を開ける。
    あなたは不思議な扉だ。)

顔 − 毎夜 私は
  あなたへ亡命する。
  国籍を断ち切る。

鏡 − けれども
  私の地圏から
  どのような広みにも
  脱出できない。
  わたしは脱出口ではない。
  ( わたしのガラスの国境に
   亡命を拒まれたあなたの肉体が
   うるんだ眼で
   あなたを眺めている・・・・ )
  あなたには肉体がある
  ・・・・
 

  3

顔 − その遠さを計れるか?
  あなたの向こうで透き徹ってゆく。
 

  4

鏡 − あなたの眼で焚えている。
  あの
  色の一つ足りない文明の光を浴びて
  狂気の危うい均衡の端にとまった
  蛾の
  複眼で輝いている
  乱軌道への飛翔の発作。
  発作の灼いマグマの中で
  残酷に氷結する
  理性の凍林。
  それらはあなたの存在を支えている。
  それらは
  あなたの恥部で奇妙に発光する
  粘液質であるか?
  わたしは刃だ。
  べっとりと撞着したあなたを
  斬り裂く。

顔 − ・・・・
  あなたこそ撞着なのだ。
  あなたの透明の裏に
  べっとりとはりついた闇が
  あなたの存在を支えている。

  5

鏡 − 毎夜 あなたは
  私をのぞくけれど
  けっして私に出会わない。

顔 − !・・・

( 光 − ああ
    あなたのその固さ。透明さ。
    あなたの内部で
    何が結晶しているのだろうか?
    あなたのその暗さ。
    結晶の背後で融解する混沌は
    いったい何だろうか? )

顔 − 私は誰にも出会われない。
  そして ときに
  あなたの生温かい息など吐きかけられ
  私は私を失墜する。

鏡 − 私は
  扉でもなく
  刃でもなく
  暗すぎも明るすぎもしない。
  鈍い不透明さの中で
  鏡でなくなるのだ。
  ああ
  その時ではないのか
  私が出会われるのは。
  ぶざまな屍体で。
  ≪出会われないことが
  私の存在証明であるか? ≫