春の手紙

 

 軒の巣でつばめが抱いていた卵は無精卵だったようで、何日経ってもふ化しませんでした。つばめ夫婦もあきらめて抱卵をやめてしまい、別の巣を掛け始めています。

 ≪無精卵≫・・・・。何か間のぬけた、悲劇とも喜劇とも言い難いイメージなので、僕はあやうく通り過ぎそうになりながら、ふとその曖昧さにつまづいてつんのめるのです。僕をつり上げた疑問符の先で、脚をバタつかせながらブランコしている僕が見えますか? <僕が抱いているのも無精卵ではなかろうか? >

 卵と言えば、偽卵というのがあります。≪無精卵≫どころではありません。人間が石膏か何かでつくった、叩きつけたって欠けもせぬ代物です。あるいは僕が抱いているのはこの無機の≪偽卵≫なのかも知れぬのです。(抱イテイル、ではなく、抱カサレテイル、だ)。と言ってみたところで、僕にはそれを試してみる勇気もないのです。<踏みつけた卵が、足の下で潰れたら・・・・。ようやくヒナになりかけた黄身を、尖った殻の欠片がにぶくえぐり、どろどろと膿のようにこぼれ、誕生の汗にねっとりと濡れた未熟な羽毛がかぶさった不均衡に大きいシワだらけの閉じた眼球に凝視められたら・・・・>。僕のブランコはほとんど半円を描いていますか?<トコロデ ボクハ タマゴヲ ウンダ ノダ ロウカ? >。<トコロデ ボクハ ドノ ヨウナ 巣ニ 巣喰ッテイル ノダ ロウカ? >。 そのような引力が僕の足先をしきりにくすぐるのです。

 無精卵は置き去りにされ、巣の中で腐るだろう。そしてその固い殻に何もかも拒まれ、奇妙な結晶を装いながら、梁の高みに存り続けるだろう。

 裏山の草むらに、頬白が立派に四羽のヒナをかえしています。もう一週間もすれば巣立ちでしょう。