ハンググライダー

 
斜面を駆け下り、
強く地面を蹴って離陸した。
翼は風を受けて高く舞い上がり、地面は遠ざかった。
胴体を竜骨キールに吊るす命綱の留め金フックがいつのまにか外れ、
ハンドルに指の力だけでぶら下がった。
ぶら下がっているだけで操縦はできない。
風を受けて翼はさらに高く舞い揚がり、
十数分間持ちこたえたが、ついにハンドルを握る手指の力は尽き、腕の力も尽きた。
ハンドルから手を離し、
墜落した。
 
即死だったという同僚の事故をときおり思い出し、
思い出す都度、肛門がすぼまる。
手を離すとき、
手を離してから地面に激突するまでの数瞬、
彼の脳裡に巡ったかもしれぬこと共をあれこれ想像する。
しまった。
夢なら醒めてくれ。
 
おまえの生涯は、その数秒を何十年かに引き伸ばしているだけではないのか。
硫酸と、何百倍にも希釈した酢と。
瞬時に沸騰して融けるか、徐々に錆びて腐ちるか。
 
風が吹き、
主のない命綱の留め金フックがぶらぶら揺れ、
操舵手を失った翼は翻弄されて傾き、
岩の上に叩きつけられる
 
しまった!
目を瞑る
あばよ
 
でも
夢なら覚めてくれ
覚めた後にどんな墜落が待ち構えているにせよ