木の名前

 田んぼの真ん中に巨きな落葉樹が一本だけ立っていて、胴回りは子供三人が腕をまわしても手が繋げないほどあった。根元に祠のようなものは祭られていなかったし、地面から3メートルたらずのところで枝分かれして四方に太い枝を広げて登りやすく、子供の格好の遊び場になっていた。平らな水田の広がりのなかにぽつんと聳えているので、雷に打たれたか、幹の一部が焦げてうろができていた。稲刈りの頃に豆粒ほどの小さな実が黒く熟し、よじ登っては摘んで食べた。干しぶどうから酸味を抜いたような味だった。北側は日陰になるのに、伐り倒されずに何百年か生き延びていたのは不思議なことだ。祠はなくても、よほどのいわく因縁があったのか。親たちはモリキの木、と呼んでいた。その木の名前が知りたくてWebを探すと、「木には名前がある」というサイトが見つかり、樹木名をいろいろな特徴で絞り込み検索ができる優れものだった。常緑・落葉の別、木の高さ、葉の形姿、樹皮の形状、花の時期や形や色、実の特徴など、記憶にあるかぎりの特徴をチェックしていくと、ムクノキにたどり着き、木の全姿や葉や実のアップ写真が載っていて、探し当てた到達感があった。サイトの管理人に礼状を出したのはもう十年前になるか、而来、そのサイトを愛用している。
 四手井綱英「森林」に、ムクノキの実が古代人の食料になっていたという記述を見つけて、あの田んぼの中の大木を思い出したが、その木はもう何十年か前に、耕地整理で伐られ、木が立っていた数坪の土盛も均されて跡形もない。