龜と歩行

  1
 
きょうの長さだけ伸びた爪をきちんと
沈黙の中へ剪りおとし
それでできる夜のすき間で眠ろうとする
けれど石棺の内でも爪はとがる
真昼の無惨な歩行のつまさき
が蹴とばした小石が
どんな飾窓も割らず
しずまりかえっている秩序の静寂
もそれて冷たい寝台へ
雪崩れてくる
  
  2
  
耳腔から
かたつぶりの死骸をひきずりだしていった蟻の歩行の力で
世界のそとへ
寝返りをうち
でかける
夜の斥候
路地の任意のマンホールの鉄蓋をはぐる
汚水の澱み
をのぞきこむ眼の底で
口をひらく喉をひらく濁流を呑む唖の
陥没が
ひとつ残る
 
  3
  
夢の浅瀬へのりあげてピアノは解体した
ぬれたゴムびき手袋のなかのぬれた指が
ちらばったキィをなおも叩く
無声の吃音
ずりおちる時間を脱腸帯が支える
マストだけ精神からつきでた
なぎの微熱
旗が床まで垂れて汚れる
塗りつぶされた毛穴から
犬の舌をたらす
 
  4
  
すりへって消えるゆびさきの指紋から明けてゆく夜
廃疾の星まぶたを
ひらけば眼底は
熔けたアスファルトであり
たちまち鞏い舗装路
そのうえをキャタピラがはしり
脱げた靴が散乱した
なぜ希望
なぜ執着
しかし意識を敷きつめる舗石の寸法からかならずはみでる歩幅
が語中ハ行音のように禁忌される
強迫を
はげしく拒絶したのだ
けれど
いっせいに
間隔ただしい並木は葉裏を翻し林立する建築の
矩形に整列するガラス窓はひかり
無数の偏執をあびせかえす