颱風

  
 颱風は、赤道付近で発生し太平洋を北上してくる熱帯低気圧のごついやつだ。空気、つまり窒素や酸素、に水蒸気が混ざって渦巻いているやつだが、颱風の実体とは、その空気や水そのものなのか、あるいは、低気圧の渦巻きという現象を担う物理的な実体は絶え間なく入れ替わりながら、持続する運動の名前なのか。人間の身体を構成する分子は数年で入れ替わるとか云われるから、颱風を人間に喩えてよいか、人生という運動になぞらえてよいか。颱風に意志はないし、意志は物理法則を操れない。
 そう信じていても、それは信念に過ぎないだろうとあざ笑うかのごとく、手品師は巧妙な技を見せる。硬貨が硝子板を突き抜けて素通りし、空っぽの空間から花束を取り出し、観客がランダムに選ぶ札を予言し、予言は的中する。手品には仕掛けがあるはずなのに見破れない。物理法則は意志が左右するし、予言は成就する。物理法則は気まぐれを含んでいるから、神がサイコロを振っているように見え、自然史に目的があるように見え、生命に意志があるように見え、ビッグバンさえ生じるのだ。
 颱風が街路樹を吹き倒しても、遺伝子の分裂の気まぐれの累積のはてに猿がなにか別の猿に似た動物に変異しても、その猿ようの生き物が雷に撃たれても、その黒焦げ死を占師が予告しても。